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東京高等裁判所 昭和28年(ナ)7号 判決 1953年11月04日

原告 樋口敏雄

訴訟代理人 海野普吉 坂上寿夫

被告 静岡県選挙管理委員会 代理人 田中稔

指定代理人 小川元保 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十八年三月二十一日静岡県選挙管理委員会告示第十九号を以てなした裁決中『同年(昭和二十七年)十月三十一日田方郡戸田村選挙管理委員会がなした決定の内、同年十月五日執行の戸田村議会議員補欠選挙に関する部分は取消し、右選挙は無効とする。』との部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求の原因として陳述した事実の要旨は次のとおりである。

(一)  原告は昭和二十七年十月五日執行の静岡県田方郡戸田村議会議員補欠選挙において有権者であり、かつ立候補して最高票数を得て当選人と決定せられた者であるが、右補欠選挙の効力に関し、選挙人で立候補者たる訴外平井養喜から同月十五日異議申立があり、戸田村選挙管理委員会は昭和二十七年十月三十一日附決定を以て右異議を却下したところ、同年十一月十四日右訴外人から右決定に対し訴願がなされた結果、被告は昭和二十八年三月二十一日附告示第十九号を以て請求の趣旨記載のように、原決定を取消し、本件補欠選挙を無効とする旨裁決した。

(二)  元来右補欠選挙は、昭和二十六年四月二十三日施行せられた戸田村議会議員選挙によつて当選した議員のうち、二名の欠員を生じたので、昭和二十七年十月五日施行の静岡県教育委員会委員選挙と同時に行われることになつたもので、先ず右補欠選挙施行に関し昭和二十七年九月二十五日静岡県選挙管理委員会告示第百十四号を以て、選挙すべき者の数二人、選挙の期日を同年十月五日とする旨告示せられたのであるが、偶々前掲昭和二十六年四月二十三日の選挙の結果、公職選挙法第九十五条第二項の規定によつて当選人とならなかつた者(長倉亀三郎)で、その後欠員を生じたのに繰上当選とされていなかつた者があることが、投票日の二日前の十月三日になつて気付かれたので、即日選挙会を開いて右長倉亀三郎の繰上補充当選を決定した。そこで被告は翌四日静岡県選挙管理委員会告示第百二十四号を以て、本補欠選挙における選挙すべき者の数を一人と変更告示して選挙を施行したもので、この結果原告は、候補者中最高得票数獲得者として当選人の決定を得たのである。以上経過の如く前掲告示第百十四号を以て選挙すべき者の数を二人と告示したのは、訴外長倉亀三郎を繰上補充当選人と決定すべきを後れていたことの必然的結果として、瑕疵を含むことは裁決も指摘するところであるが、少くとも当時選挙すべき欠員が一名存したことは事実であるから、この欠員のある事実から公職選挙法第百十三条第二項第三項の規定によつて、県教育委員会委員選挙の機会に、同時選挙として村議会議員補欠選挙を施行せねばならなかつたのであつて、原裁決も指摘する如く右選挙は当然無効でなく、しかも前記のように告示第百二十四号によつて前告示は訂正せられた上、選挙は執行せられたのである。

(三)  ところで被告委員会が前敍平井養喜の訴願を容れて、原決定を取消し本件補欠選挙を無効とする旨裁決したのであるが、その理由とするところによれば、前記の如く選挙すべき者の数を二名と告示した静岡県選挙管理委員会告示第百十四号は、当然瑕疵ある告示であることを前提とし、次に「しかしながら戸田村選挙管理委員会は十月三日に至りこの誤りを発見し、直ちに本委員会はこの報告を受けたが、既に選挙の各手続は執行中であり、瑕疵のある告示中、一人については選挙すべき事由が存在しておつたから、この選挙を全面的に取消すことができず、従つて瑕疵のある部分を訂正するため十月四日告示の変更を行つたわけである。この瑕疵ある告示によつて選挙の手続を開始したことはたしかに違法と云うべき性質のものであり、場合によつては選挙の結果に異動を及ぼす虞れあることも当時予見されないわけでなかつたが、当該選挙は瑕疵ある選挙ではあるが、当然無効でないから、選挙の結果に異動を及ぼす虞れのない限り取消すべきものでない。しかして選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるかどうかは、選挙の結了をまつて検討さるべきものであるから、県選挙管理委員会としては、告示の瑕疵を除いて選挙を執行したのである。然るにその結果は候補者三人で一人の当選を争うことになつた。(中略)かくしてみれば本件選挙の場合、選挙期日の前日の十月四日にその基礎となる告示の一部を変更し、且つ候補者三人を以て一人の当選を争うこととなつたことは、訴願人主張の如く、当初から選挙すべき者の数一人と告示したものであつたならば、候補者の顔触れに異動があつたろうかと考えられ、或は選挙運動の方法及び体制も根本的に変つていたであろうとも考えられ、従つて選挙の結果にも異動を及ぼしたであろうとも考えられるに至つたから、この告示の変更は選挙の自由公正な執行の精神に反するものであり、選挙の結果に異動を及ぼす虞れある場合に該当する。」と謂うのである。

(四)  しかしながら右裁決は左の理由により違法であつて取消を免れないものと信ずる。

(イ)  前記被告の裁決理由自体論理的に一貫しない。本件で「選挙の結果に異動を及ぼす虞れ」があるかどうかは、右十月四日の告示訂正以前に存した瑕疵にかかわることであるから、それは選挙の結了を待つて検討されるまでもなかつたのである。結局被告は、先に訂正告示第百二十四号を以て是なり、即ち選挙の結果に異動を及ぼす虞れなしとして執行せしめた選挙の効力を、後になつて自ら否定するもので、それ自体責任ある行政庁の立場として許さるべきでなく、この点においてすでに原裁決は取消を免れない。

(ロ)  本件でさきになされた告示の瑕疵が、選挙の結果に異動を及ぼす虞れありとする被告の裁決理由は、極めて抽象的論拠によるもので実際には成立たない議論である。選挙すべき者二人と告示すべきを、一人としたという誤りがあるならば、候補者の顔触れに異動を及ぼす(二人ならば他の人も立候補したかも知れない)ということも考えられるが、逆の場合には左様なことはあり得ないし、また選挙運動方法に至つては候補者数が定員を突破している限り、格別定員の数によつて左右されることはない。かりにそうでない場合が観念的にはあり得るとしても、少くともこの点はどの候補者にとつても同一条件であるから、選挙の自由公正なる執行の精神に反することもなく、別に選挙の結果を左右することはない筈である。

(ハ)  前述の如く前掲第百二十四号の訂正告示がなされたのは十月四日であるが、それより前同月三日戸田村選挙管理委員会では、前記長倉亀三郎の繰上当選の手落ちに気付くと共に、直ちに被告委員会と電話連絡の結果右三日中に、同日は偶々同村中学校の運動会当日で村民の多数が会集していたのを捉え、被告委員会において明四日に告示の訂正がなされる旨を各候補者、その運動員、その他村内有権者の大多数にこれが周知徹底方を図り、各候補者ともこれを諒承したものである。従つて本件告示の訂正こそは十月四日になされたが、右三日中には告示の訂正がさるべきこと、即ち五日に施行せらるべき補欠選挙では選挙すべき者は一名で、それを長倉氏を除く各候補者によつて争われることが、村民に徹底したものであるから、この面からしても、本件において手続の瑕疵がもたらしたかも知れない影響というものが、各候補者、有権者を通じて凡そ考えられない。

(五)  被告主張事実中、本件補欠選挙において立候補した者五名のうち、十月三日に一名辞退し、同月四日前記繰上補充当選人である長倉亀三郎が辞退したこと、並びに尓余の立候補者三名の各得票数及び有効投票総数が被告主張のとおりであることは認めるが、右長倉亀三郎の辞退は当然であり、他の候補者の辞退も告示の瑕疵とは関係がない。なお被告主張の如く本件選挙に際し、相当数の不在者投票があつたこと、右不在者投票者の中には本件告示訂正前に、即ち九月二十五日の誤つた告示を基礎にして、投票をなした者があつたことは認める。しかし選挙すべき数が一人であるということが判明しなかつた十月二日以前に記載された不在者投票の数が、一〇四票もあつたという被告の主張については、内容を検討してみる必要がある。即ちかりに右一〇四票の算定に誤りがないとしても、その中には不受理と決定された四十九票を含む計算のようであるが(乙第六号証の一ないし五参照)、かかる不受理の票は告示訂正の有無に拘らず、選挙の結果に異動を及ぼす何等の虞れなきものである。(不受理の理由が告示の訂正に関係があるというのであれば格別であるが)また右一〇四票の中には九月二十六日に投票されたもの一票、九月二十八日のもの十四票を算するが(前掲乙号証による)、本件選挙において九月二十八日以前に立候補していた者は水口賢次郎ただ一人であるから(乙第二号証参照)、これら十五人の選挙人については、告示訂正のあつたことは全く問題にならない訳である。かように考えてくると、本件で告示の訂正されることが明らかになつた以前の不在者投票は相当あるようであるけれども、その中投票の内容に異動を及ぼしたかも知れない分の投票はかなり限定された数に止るのである。しかも本件選挙における当選者たる原告の得票数九八〇票に対し、次点者平井養喜の得票は七七三票に止るのであるから、前掲程度の告示訂正前になされた投票の内容に、異動を及ぼしたかも知れない不在者投票の存在を以てしては、本件選挙の結果に異動を及ぼす虞れありとすることはできない。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として陳述した要旨は次のとおりである。

原告主張の請求原因事実中(一)ないし(三)の事実は認めるが、その余の原告の主張はこれを争う。結局本裁決は左記理由により正当であるから、原告の本訴請求は理由がない。

一、原告主張の(四)の(イ)について

昭和二十七年九月二十五日の被告委員会の告示第百十四号が、若し戸田村議会議員に欠員がないにもかかわらず二名の補欠選挙を行う旨の告示をしたものであつたならば、その告示並びにこれに基いて行われた選挙もまた当然無効であるから、何等の措置を執らなくても効力を生ずるに由なく、唯だこの場合それが当然無効であることの宣言の意味において、被告委員会においてその告示を取消し選挙の執行を取止めることもできたのであるが、原告主張のような経過によつて、少くとも当時選挙すべき欠員がなお一名存したのであるから、県教育委員会委員の選挙の機会に、同時選挙として戸田村議会議員の補欠選挙を行う必要があつたのである。ところが前掲告示第百十四号によつて選挙すべき者の数二名と告示したのは、全く戸田村選挙管理委員会の過失に基く瑕疵ある告示であることが分明したので、十月四日告示第百二十四号を以て選挙すべき者の数を一人と訂正告示したのであるが、既に前告示第百十四号の誤りによつて生じた選挙全体の瑕疵を払拭し得る性質のものではなく、違法の選挙であることは免れない。そして公職選挙法は違法の選挙については争訟によつて是正することを定めている。よつて選挙の管理執行手続の過程における違法の有無に関しては、それが選挙の当然無効を招来すること明白なる場合を除いては、選挙管理委員会限りで中途において紊りにこれを取消すべきでなく、当該選挙を執行した上争訟によつて終局的にその解決を図るが当然執るべき措置と考える。若し被告選挙管理委員会において前記九月二十五日の告示を取消し、同時選挙を行わなかつたならば原告は当選人と決定されず、また異議申立期間中に異議の申立がなかつた場合当選が確定するという利益も受けず、更に訴願裁決に対し訴訟を提起し得る機会をも得られなかつた筈である。この理由によつて被告委員会は公職選挙法の趣旨に則り、選挙の結了を待つて争訟の手続によつて選挙及び当選の効力を確定すべく、十月四日告示第百二十四号によつて前九月二十五日の告示を訂正し、選挙を執行したまでであつて、寧ろ責任ある行政庁の立場として公正な措置を執つたものであり、前後相矛盾する措置であると非難する原告の主張は理由がない。

二、原告主張の(四)の(ロ)について。(本件告示の瑕疵が選挙の結果に異動を及ぼす虞れありや否やについての反論)

そもそも選挙に立候補せんとする者は、必ず自己の当選を考え、その可能性について事前に仔細に作戦得票数等の検討を行うものであり、先ず選挙さるべき者の数を念頭に置き、自己の支持層地域等を考慮すると共に競争者である他の候補者または候補者たらんとする者に深甚の注意を払い、これら各種要素を総合して自己の立候補ないし、選挙運動方法如何を決定するものである。従つて選挙すべき者の数が何名であるかは、候補者または候補者たらんとする者にとつて一番大きな問題であつて、この選挙すべき者の数如何によつて或は立候補者の数に影響を及ぼすことあるべく、或は競争率、候補者の顔触れ等選挙の様相が著しく異なることは、一般の通例である。また選挙人の面から考察しても、自己の最も信ずる候補者に投票するのは当然であるが、その他にまだ当選せしめたい候補者がある場合、選挙すべき者の数が二人であるときと一人であるときとによつて、候補者の当選の可能性の大小等の関係から、投票の内容に変更を生ずる場合も必ずしもなしとしない。

以上の理由により選挙すべき者の数につき誤つた告示がなされることは(本件において後日の告示の訂正が従前の瑕疵を払拭するものでないことは前述のとおり)、選挙の自由公正を害するもので、選挙規定に違反し且つそれが選挙の結果に異動を及ぼす虞れある場合に該当することは、抽象的にも首肯できるところであるがこれを具体的に本件選挙の経過に徴して考察してみるに、前掲告示第百十四号により「選挙すべき者の数二人」と告示された昭和二十七年九月二十五日から立候補届出締切日である同年九月三十日までは、立候補届出者は五人を数え、これらの者は前示の如く右選挙すべき者の数、他候補者の顔触れ、その他を仔細に検討して立候補を決意したものと見られる。しかるに十月三日に一人辞退し、更に「選挙すべき者の数一人」と訂正告示(告示第百二十四号)された十月四日に至り繰上補充当選人であつた本選挙の候補者長倉亀三郎が立候補を辞退し、候補者数は当初の五人から選挙期日には三人と異動した。しかも「選挙すべきものの数」と訂正告示した十月四日は、既に選挙の期日の前日、しかも選挙運動期間満了の日であり、且つ立候補辞退の機会は許されていたといつても、各候補者は今まで行つた選挙運動の努力支持者の後援などから、既に騎虎の勢止め難いものがあつたであろうし、「選挙すべきものの数一人」となつた客観情勢に対処する途は全くなかつたであろうと思われる。しかして本選挙の結果、候補者三人の得票数は樋口敏雄九八〇票、平井養喜七七三票、水口賢次郎六一九票、有効投票総数二三七二票であり、三者の得票数は相当接近しており、候補者二人の辞退による異動がなかつたならば、本選挙の結果は全く逆賭し難いものであつて、正に「選挙の結果に異動を及ぼす虞れある場合」に該当する。

三、原告主張の(四)の(ハ)について。

本件選挙において不在者投票が一四九票であつたが、この内一〇四票は十月二日以前、即ち選挙すべき者の数が一人であるということが判明しなかつた当時において、選挙人が投票の記載をしていること(乙第六号証の一ないし五参照)などから見ても、選挙人全員が洩れなくこのことを知つて投票したということは絶対にあり得ないことであるのみならず、十月四日の告示の訂正によつて尓後の選挙の執行について一応誤りがなくなつたとしても、前記九月二十五日の瑕疵ある告示によつて開始され集積された行為、即ち九月二十五日から少くとも右告示の訂正あるべきことを立候補者その他選挙人に周知徹底せしめたという十月三日までになされた各候補者及び運動員の行動、選挙人の立候補意思の決定、選挙運動及び不在者投票による前記既成事実の効果等によつて生じた影響までが、前記告示の訂正によつて完全に払拭されたものとは考えられず、これらの事柄はいずれの一つをとつて見ても、選挙の結果に重大な影響を及ぼすものである。従つて原告主張の如く十月三日以後の選挙の執行が誤りなく行われたとしても、これにより本件選挙が自由公正に行われたということにならない。

証拠として、原告訴訟代理人は、甲第一号証を提出し、証人服部繁久、同野田英二の各証言を援用し、乙号各証の成立を認め、同第二号証の一ないし五、第五号証を利益に援用し、被告訴訟代理人は、乙第一号証、第二号証の一ないし五、第三、第四号証の各一、二、第五号証、第六号証の一ないし五を提出し、証人小川元保、同大野木修一の各証言を援用し、甲第一号証の成立を認めた。

理由

原告主張の一ないし(三)の事実は当事者間に争のないところである。

即ち右事実によれば、本件戸田村議会議員の補欠選挙は、公職選挙法第百十三条第二項第四号により昭和二十七年十月五日施行の静岡県教育委員会委員選挙と同時に行われることとなり、先ず右補欠選挙の施行に関し、昭和二十七年九月二十五日静岡県選挙管理委員会告示第百十四号を以て、選挙すべき者の数二人、選挙の期日を同年十月五日とする旨告示せられたところ、同年十月三日になつて右二名の欠員中一名は、公職選挙法第百十二条第一項の規定により同法第九十五条第二項に該当する長倉亀三郎が、当然繰上補充当選者となるべきことに気付き、即日選挙会を開き同人の繰上補充当選を決定した上、翌四日静岡県選挙管理委員会告示第百二十四号を以て、右補欠選挙における選挙すべき者の数を一人と訂正告示して、同月五日に選挙が施行されたと謂うのであつて、右長倉亀三郎の繰上補充当選の決定が有効で、従つて本件補欠選挙の施行に当り少くとも欠員一名存したのであるから、右選挙は当然無効でないことも、当事者間別に異論を見ないところである。

本件における主要な争点は第一、前掲告示第百十四号による告示の瑕疵が、選挙の規定に違反し且つそれが選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるかどうか、第二、仮りにこれを肯定し得るとしても、右告示の瑕疵がその後の十月四日の訂正告示第百二十四号によつて、または原告主張の如くその前日中既に右告示の訂正あるべきことが、凡べての立候補者、選挙人等選挙関係者に、周知徹底されていたという事実によつて治癒されると解すべきか否かである。

第一、凡そ公の選挙の管理執行に関する法規はそのすべてが選挙の公正に行われることを保障する目的で定められたものであるということができるから、選挙がこれらの明文に反して行われた場合は勿論、直接の明文に違反がなくとも選挙が公正を欠いた手続によつて行われた場合もまた、これらの法規の精神に背いたものであるから、選挙の規定に違反したものと言わなければならない。さて本件において前説示の如く、九月二十五日の選挙期日の告示(前掲告示第百十四号)当時にあつては、戸田村議会議員中には二人の欠員が生じたものとされていたが、この二人の中に繰上補充の規定により当選人として定むべき者一名が含まれていたものであつて、事実選挙すべき者の数は一人であつたことは明らかである。そして右選挙期日の告示において「選挙すべき者の数二人」と告示したのは、それが法の明文上では選挙期日の告示の必要事項でないとしても、選挙に関し知らなければならないことを一般選挙人に周知させる趣旨に外ならないから、右事実に反する告示は瑕疵ある告示として選挙の執行について著しく公正を欠いたものといいうべく、公職選挙法にいわゆる選挙の規定に違反したものと言わねばならぬ。

次に原告は前掲事実摘示(四)の(ロ)の記載の如く主張して、本件の如く選挙すべき者の数一人と告示すべきを誤つて二人と告示した場合にあつては、選挙の自由公正なる執行の精神に反することもなく、別に選挙の結果に異動を及ぼす虞れがないと立論している。しかし一般に公の選挙に立候補せんとする者は、自己の当選の可能性を考え、事前に仔細に選挙作戦得票数等検討を行うものであり、先ず選挙せらるべき者の数を念頭に置き、これによつて自己の支持層地域等を考慮すると共に、競争者である他の候補者または候補者たらんとする者に深甚の注意を払い、これら各種要素を総合して、自己の立候補如何ないし選挙運動方法を決定するものであること、従つて選挙すべき者の数が何名であるかは、候補者または候補者たらんとする者にとつて最大の関心事であつて、その如何によつて或は立候補者の数に影響を及ぼすことあるべく、或は候補者の顔触選挙運動方法等選挙の様相が著しく異なることもあり得べきところである。また選挙人の側から考えても、自己の最も適当と信ずる候補者に投票するのは当然であるにしても、選挙すべき者が二人である場合と一人である場合によつて、自己の判断による候補者の当選の可能性の大小等の関係から、その投票の内容に変更を生ずることも保し難いことは、見易い道理である。

今本件選挙の経過を眺めてみるに、成立に争のない乙第二号証の一ないし五、乙第三、第四号証の各一、二、乙第五号証、証人小川元保、同大野木修一、同服部繁久、同野田英二の各証言を総合するときは、前掲第百十四号の告示のあつた昭和二十七年九月二十五日には水口賢次郎、同月二十九日には長倉満及び平井養喜、同月三十日の立候補届出締切日には長倉亀三郎及び樋口敏雄、右合計五名の立候補届出があり、同年十月三日に右長倉満が、同月四日の告示訂正の日に前記繰上補充当選人に決定した長倉亀三郎が、それぞれ立候補を辞退したこと、及び本件選挙に当り村長支持派と反対派に分れ政争極めて激烈であつたこと、並びにかくて同月五日に行われた選挙の結果は有効投票二千三百七十二票の中村長支持派に属する樋口敏雄(原告)は九百八十票、その反対派に属する平井養喜は七百七十三票、水口賢次郎は六百十九票の各票数を獲得した事実を認めることができる。(右事実のうち立候補者及び辞退した者の数並びに各得票数については当事者間に争がない。)そして前段説示の理を右の事実関係に照らし、且つ前顕小川元保、大野木修一の各証言をも斟酌して考えてみると、若し当初から「選挙すべき者の数一人」と告示されていたならば、立候補者の数、顔触れ、各選挙運動の方法ひいて選挙人の投票内容に変更を来す場合あることも推測せられるのであつて元来選挙というのは選挙期日の告示を始め選挙の管理執行に関する系統的に連続した一連の行為を総称する観念である以上結局前記瑕疵ある告示が同年十月四日まで訂正されずに持続されていたという手続上の違反は、本件選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあつたものと断定するの外はない。「選挙の結果に異動を及ぼす虞れがある場合」とはその違法の程度が軽微で選挙の結果に異動を及ぼす虞れのあり得ないことが十分推察される場合は格別、必ずしも選挙の結果に異動を及ぼすことが確実であることを要しないのであるから、この点に関する原告の前掲(四)の(ロ)の主張は採用できない。

第二、次に原告は前掲事実摘示(四)の(ハ)記載の如く、十月四日前掲告示第百二十四号を以て「選挙すべき者の数一人」と訂正告示されたのみならず、同月三日中には立候補者その運動員その他村内有権者の大多数に対し、同月四日に右訂正の告示がなさるべきことを周知徹底されていたのであるから、前記瑕疵ある告示はこれによつて治癒されたとかのような主張をしているが、証人服部繁久、同野田英二の各証言によるも、村内選挙人のことごとくが右訂正告示のなさるべきこと、即ち選挙すべき者が一人となつたことを知悉したものと推断することができないし、右告示の訂正が選挙期日の前日である同月四日であることに鑑みれば、各候補者としても仮りに右三日中に選挙すべき者が一人と変更さるべきことを知つていたとしても、既に「選挙すべき者の数一人」となつた客観情勢に新たに対処する途が殆んど残されていなかつたとも考えられるから、右告示の訂正は前記九月二十五日の瑕疵ある告示によつて開始され集積された一連の行為によつて生じた影響を、完全に払拭し得るものでなく、従つてこれにより前記手続の瑕疵が治癒されたものということはできない。(この点につき右告示の訂正前ないし告示の訂正あるべきことが未だ判明しなかつた当時において既になされていた不在投票が、相当数あつたようであるが、前記手続の違反が本件選挙全体の結果に異動を及ぼす虞れあることは前説示のとおりである以上、換言すればかかる不在投票の有無のみが本件選挙の結果に異動を及ぼす虞れありや否やを決する唯一の解決点とならない限り、特にかくの如き不在投票の数を採りあげて論ずる要を見ない)。

第三、なお原告は更に前掲事実摘示(四)の(イ)記載のように主張して、結局被告は前掲告示第百二十四号によつて先の告示が訂正された結果、選挙の結果に異動を及ぼす虞れなしとして執行せしめた選挙の効力を、後に至つて自ら否定するもので、それ自体責任ある行政官庁の立場として許さるべきでなく、取消を免れないと原裁決を非難するが、この點に対する被告の反論(事実摘示被告の主張一、原告主張の(四)の(イ)についての項参照)は理由があると言うべく、たとえ被告選挙管理委員会において前記の如く一旦告示の訂正をした上その選挙を執行せしめた後と雖も、その選挙の効力に関する訴願の裁決に当り、選挙の規定に違反することがあり、それが選挙の結果に異動を及ぼす虞れありと判定される以上、その選挙を無効と裁決することは、敢えて妨げるものでないと解すべきである。この點に関する原告の主張は採用できない。

よつて被告選挙管理委員会のなした原裁決は相当であつて、原告の本訴請求は理由なくこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき公職選挙法第二百十九条民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 菅野次郎 判事 坂本謁夫)

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